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生きていることば
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最近、気をつけなければいけないなと考えさせられることがります。
それはWebなどで文字として表現される言葉やマナーついてです。
顔が見えないコミュニケーションである分、どんな文章にも
一語、一語に心配りと思いやりを込めなくてはと思います。
読み手の感情やコンディションで誤解されてしまうことだってあるかもしれません。

パソコンや携帯が普及した昨今、コミュニケーションは掲示板やメールでという事も多くなりました。みなさまは、うーんこれはどうなのかな?という場面と遭遇することはございませんか?先日、そんなに親しい間柄ではない年下の方から「ありがとでーす」というお礼のメールをいただきました。ふつうに考えたらやっぱり「ありがとうございます」ではないかと・・・。本サイトには顔文字だけで題名もない差出人不明のメールが時々寄せられます。とても怖くて開くことが出来ません。ご質問などが主な内容です。お返事が書けるケースには出来る限り返信させていただくのですが、宛名すら書けなくて困ってしまいます。
親しみを込めていただくのはとっても嬉しいのですがちょっと困惑しているというのが正直なところです。文章ってついつい話し言葉がそのまま書く言葉になってしまったり目の前に話す相手がいる感覚でつくってしまいがちですが、「親しき仲にも礼儀あり」の精神を大切に目上の人に対する敬語や最低限のマナーには十分に気を配らなければと思います。





言葉や文字にはその一言にもとっても深い意味があります。
例えば「ありがとうございます」など感謝の言葉には喜びとしあわせがあふれています。
反対に「ばかやろう」など否定的な言葉は気分をダウンさせ嫌な気を感じます。
言葉や文字はただの「音」ではなく「気」でもあります。「気」は波動であり光なのです。
色々、調べていたら新約聖書ヨハネによる福音書の次の言葉に出会いました。
「初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった」
私たちのまわりの全てのものには波動があります。
もちろん私たちにも。全てのものに神のこころが宿るということになるのですよね。

言葉には言霊があります。言霊とは声に出した言葉(文字も含め)が現実の事象に対して何らかの影響を与えると昔から信じられてきた思想と辞書には書かれていました。
私たちがイライラしたり落ち込んだりしている時、気が乱れる時にはなぜか言葉遣いも否定的だったり荒々しくなってしまいます。自分から出て行ったものは自分に戻ってくるという宇宙の法則があります。戻ってくる時、そのエネルギーは倍になって戻ってくるそうです。そう思うと、言いっ放し書きっぱなしではなく責任を持って、愛情やまごころのこもった言葉や文字を送りださなければいけないなぁと心から思います。

雨降りで坊がおねんね中の為、思うままを長々綴ってしまいました。
みなさまは言葉やマナーについてどのようにお考えでしょうか?
by heart* by heart_within2007 | 2007-02-14 12:09 | よしなしごと
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